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松田友和(まつだともかず) / 内科医

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コラム

エイジングパラドックス ~歳を重ねることは不幸ではない~

2024年4月22日

テーマ:心理学

コラムカテゴリ:医療・病院

はじめに

「歳をとりたくない」と感じている方もいらっしゃると思います。人は誰もが歳を重ねていきます。加齢とともに、健康的な問題が多くなることも事実です。その一方で、幸福度は歳を重ねるとともに下がっていくわけではないことをご存じでしょうか。

エイジングパラドックスとは

歳を重ねることで生じる心理的な特徴の1つとして、「加齢に伴ってネガティブな状況が増えるにもかかわらず、高齢者の幸福感は低くない」という現象を、エイジングパラドックス(Aging Paradox)といいます。
外来診療をしていても、80歳代や90歳代で生き生きと過ごされている方を多くみかけます。若年層と比較して、死生観も変化しているように思います。

このエイジングパラドックスが生じる理由として2つの可能性が指摘されています。
1つ目は、もともと幸福感が高い人が長生きしやすいという可能性です。幸せを感じる基準は人それぞれで異なりますので、自分のことを幸せであると感じている方が長生きをするという理屈です。幸福感が低いほど死亡率が高くなるという日本人の研究結果も報告されています(日本老年医学会雑誌; 42(6):677-83.2005)。
2つ目は、歳を重ねることで幸福感を維持するための心理的な変化が生じるという可能性です。この幸福感維持機構として、「老年的超越」という概念があります。

老年的超越とは

老点的超越とは、スウェーデンの社会老年学者トレンスタムが1989年に提唱した概念です。「物質主義的で合理的な世界観から、宇宙的、超越的、非合理的な世界観への変化」と定義しています(Tornstam L: Gero-transcendence; A meta-theoretical reformulation of the disengagement theory. Aging: Clinical and Experimental Research 1989; 1 (1): 55―63.)。

内容を少し掘り下げてみますと、トロンスタムは、宇宙的意識、自己意識、社会との関係という3つの領域に分けて説明しています。

宇宙意識の領域

時間や空間に対する合理的な考え方が変化し,最終的には宇宙という大いなる存在に繋がっているという認識を持つこと、死と生の区別をする認識も弱くなり、死の恐怖も消えて行くこと、などを指摘しています。日本では、宇宙といってもなかなかピンと来ないかもしれません。同様の研究は日本人対象でも行われています。日本人は、時間・空間に関する非合理的な感覚は直接的には表現されずに、先祖や未来の子孫とのつながりを強く感じるようになるという形で現れるようです(日本老年医学会雑誌; 53(3):210-214.2016)。

自己意識の領域

自分の欲求を成し遂げて行くという自己中心的傾向が弱まること、自分へのこだわり、これまで培ってきた自分の人格や身体的な健康に対するこだわりが低下し,他者を重んじる利他性が高まる、とされています。
日本人は、自己中心性の低下は利他性の増大のみならず、あるがままを受け入れる、自然の流れに任せるという形で現れます(日本老年医学会雑誌; 53(3):210-214.2016)。

社会との関係の領域

過去に持っていた社会的な役割や地位に対するこだわりがなくなること、対人関係が急激に狭くなっても,その中で深い関係を結ぶようになること、経済面・道徳面での社会一般的な価値観を重視しなくなること、などの特徴があります。
日本人は、他者への依存を肯定するという非活動理論的な志向性が示されます(日本老年医学会雑誌; 53(3):210-214.2016)。

まとめますと、老年的超越は以下のような状態を指します。

  • 先祖や将来の子孫との結びつきを強く感じるようになる。
  • 自己中心的な考えが薄れ、他者を尊重する利他性が高まる。
  • 過去の社会的な役割や地位にこだわらず、他者への依存を受け入れるようになる。


さいごに

老年的超越により、孤独感が軽減され、身体的な不調や制約にも落ち込まず、後悔もしなくなります。また、死の恐怖も薄れる傾向があります。社会的な価値観に左右されず、穏やかな幸福感と自己肯定感に満たされると言われています。老年的超越に至る年齢の明確な基準はありませんが、個人差があり、85歳前後と言われています。老年的超越を目指して、今を大切に生きることが大切ではないでしょうか。

この記事を書いたプロ

松田友和

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松田友和(糖尿病内科まつだクリニック)

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